大阪京大クラブ定例講演会参加報告

代表幹事 s47農 白井 俊和

下記要領により掲題会が催されましたので報告します。

1.日時 :平成23年7月8日(金)17:30〜19:30
2.場所 :中央電気倶楽部
3.講師・演題 : 京大大学院農学研究科教授 冨永 達 氏
 
擬態する雑草―作物と雑草の起源地を訪ねてー

(講演会)
関西東大会から3名参加、合計52名の聴講者でした。
稲とノビエ、小麦とドクムギ、アマとアマナズナを例に、作物(前者)とそれに随伴する擬態雑草(後者)の関係をイラン・イラク・エチオピアなどの僻地にある起源地探訪の興味深い話を交えながら1時間半に亘って講じられました。
 
人間に益しない雑草は、養分・水・光をめぐり、作物と競争し、作物の収量や品質の低下をもたらす。このため、農耕地では除草が繰り返され、さらに、作物の収穫後も、収穫物に混入する雑草種子が除去されてきた。この除草や種子選別・除去に対して、体や種子の形状を作物のそれらに擬態させ、集団を維持してきた雑草が存在する。
 
人間と作物は、栽培・改良を通じ共生関係にあり、人間は作物の競争相手である雑草の体と種子を除去しようと努めてきたが、雑草はその除去を回避するため特性を進化させ、農耕地で根強く繁栄し続けてきた。雑草は作物と生存競争と併行して遺伝的交流を重ねて擬態によって人間の眼を欺き生き延びて来たのである。
 
≪感想≫
小生が、本講演に興味を持ったのは演題に“擬態”という言葉があったからでした。
ネットで調べると、下記のような説明が見出されます。
 
擬態とは、生物が、その色彩や形、行動によって周囲の環境(地面や植物、他者等)と容易に見分けがつかないような効果を上げること。カモフラージュとも言う。例えば、保護色という言葉がよく知られるが、これは擬態の一種で主に色彩だけでその効果を上げている場合を言う。
小生は、以前から、“擬態”というようなことがなぜ自然界で起きるのか、その仕組みに好奇心をそそられていたのです。講演後の質問タイムに“擬態は植物の意志によるものですか”と質問された方がおられましたが、正に“意志のようなもの”無くして擬態など出来ない、というのが小生の強い考えでしたので、我が意を得たり、と思いました。しかしながら、講師は“意志の結果ではなく、ただ似たものが残ったのです”と答えられ、それが自然とはいえ(なぜなら植物には意志などは無いでしょうから)、では動物(カメレオンなど)や虫(葉っぱに似たものなど)の擬態はどうなのかと瞬間思った次第です。今のところ、残念ながら納得のいく学説は見当たりません。

以上


コメント
家庭菜園で野菜と似た雑草がよく芽を出すことに不思議に思っています。この擬態に関する研究や既知の調査結果があれば知りたいです。私も植物にも意志があるんじゃないかという気がしていますが、不思議です。調査結果が不十分ならこれから調べてみたいところです。66歳年金者。化学金属系OB。
  • ささき
  • 2012/02/13 1:25 PM
コメントする








   

calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< July 2017 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

links

profile

書いた記事数:697 最後に更新した日:2017/06/12

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM