『夏の講演会』 報告

代表幹事 河野 裕亮(昭53経)

関西東大会平成26年夏期講演会が、下記の通りに開催されましたので、報告致します。
 


日 時:2014年8月23日(土) 14:30〜17:00
会 場:ウェスティンホテル大阪 2階 宴会場 「オリアーナ」
出席者:59名
【第1部 講演会】 14:30〜16:00
箕浦幹事の司会で開会となり、最初に北 修爾 会長がご挨拶され、関西東大会の各同好会の幹事で本日ご出席の方をご紹介し、ご挨拶していただきました。
 
テニス同好会 幹事 福島 久雄 様
音楽会世話人 戸田 和孝 様
囲碁同好会世話人 井元 秀剛 様
中堅若手会担当幹事 谷口 智史 幹事
東大ワールドカフェ担当幹事 小林 良洋 幹事

 
 
 
 

続いて、関西東大会の 堀井 良殷(ほりい よしたね)副会長に「大阪はどこへゆくのか」という演題にて講演していただきました。

堀井副会長は1936年奈良県桜井市のお生まれで1958年東京大学ご卒業、同年NHKに入社、“日本の素顔”“新日本紀行”“NHK特集”などドキュメンタリー番組をご担当。
巨大技術にひそむ陥穽(かんせい)を突いた調査報道番組でイタリア賞コンクールのグランプリ受賞、アメリカ日系人の取材を通じて民族のアイデンテイテイを追及したドキュメンタリーで日本芸術祭優秀賞、総合商社の深部を解明する調査報道番組で日本新聞協会賞などを受賞。
この間1970年から73年までニューヨーク特派員。
 その後大阪放送局長、理事・営業総局長、放送大学理事などを経て、2001年より大阪21世紀協会(現 公益財団法人 関西・大阪21世紀協会)理事長として“水の都大阪”運動を提案・推進されました。また心学明誠舎(しんがくめいせいしゃ)理事長のほか、大阪文化祭賞運営委員会会長などをつとめておられます。


 

 


講演の主な要旨は
・ 両親が教師なので、自分も教師になろうと思ったが、大学で新聞研に入ったことでジャーナリズムの道に入った。NHK入社後、磯村尚徳ニューヨーク特派員(当時)と新しいニュースの 形を作ろうと話して、磯村キャスター・堀井プロデューサーで「ニュースセンター9時」を始めた。

・ ニュースの現場では、東京のニュースが日本のニュースという傾向があり、地方のニュースは 伝統ニュースは京都、農業ニュースは東北、事件は大阪というようにパターン化されている。 なぜ、事件は大阪なのかというと大阪は社会部記者が多いからで、殺伐としたニュースは大阪ネタが多い。日本の人口のうち、9000万人は地方に住んでいるので、このパターン化は不公平である。

・ ドラマの現場でも、大阪でドラマを制作する場合、東京から俳優を呼ぶので、お金がかかる。 NHK大阪放送局は、衣装などの蓄積があるので、もっと活用してほしい。せっかく大阪でドラマを作っても、大阪らしいドラマを作れという圧力がある。大阪らしいドラマとは、ど根性ドラマである。また、悪役は関西弁。近年映画化された「プリンセストヨトミ」を見ても、厚かましいおばちゃんや、こわい組が大阪の特徴として出てくる。ドラマでもパターン化されている。

・ 大阪のイメージについて、修学旅行生のアンケートや市民アンケートをとっても「地盤沈下」「犯罪多い」「無秩序」「猥雑」「お笑い」「ゴチャゴチャ」「もうかりまっか」「がめつい」「ガラが悪い」「いらち」「どけち」「厚かましい」などが多い。海外の日本観光ガイドブックに「大阪はヤクザの町」との記載があったので、抗議文と正しい写真を送った。

・ こうした大阪のイメージは実は、江戸時代からで、荻生徂徠は、「商人は不定なる渡世をするもの」と述べ、林子平は、「町人と申し候は無用の極つぶし」と述べている。いずれも商都大阪をさげすんでいる。

・ よって大阪を考えるには、まず、歴史的考察が必要である。古来、ナニワ(浪速・難波・浪華)は西日本の首都であった。信長と秀吉は大阪の優位性に着眼した。家康は、「豊臣を二度と脅威たらしむべからず」という政策を取って江戸時代になった。今年と来年は大阪落城(冬の陣・夏の陣)400年という節目である。まず、とむらい(菩提追悼)から始めよう。そして、江戸時代を考察しよう。

・ 江戸時代前期、大阪が天下の台所であった。大阪は幕府の直轄領として、町人が自治をした。 大阪は武装解除されたのであり、経済的発展に特化されたことにより、封建秩序を経験しなかった。よって、町人の学術・文化レベルは高く、懐徳堂の中井竹山・山片蟠桃・草間直方・井原西鶴・近松門左衛門・石田梅岩などを輩出した。

・ 江戸時代後期になると、江戸にも中央市場が生まれた。大阪は18世紀半ば1764年が人口のピークで、その後人口が減ってきて、7割まで減る。逆に江戸は人口が1割増えた。すなわち、1770年頃から大阪の長期低落が始まった。

・ 大阪経済の疲弊は、度重なる御用金の取立て、大名貸しの貸し倒れなどが原因で、幕末になると惨憺たる状況であった。

・ 明治政府は、東京に首都を移し、機能を集中したが、この時、大阪には一瞬の光芒があった。 すなわち、大陸政策の拠点として繊維工業など殖産興業が栄えた。所謂「大大阪(だいおおさか)時代」である。御堂筋の拡幅もこのころである。

・ 昭和になって、軍事官僚による中央集権体制が強化され、経済統制・言論統制・教育統制が進み、国家総動員法へと進んだ。今も雑誌、出版の取次会社は東京に集中し、テレビの編成権が東京にあるのは、この名残で、言論の編集権が東京にある。戦後の復興体制も、GHQの占領統治と経済復興・高度成長を効率よくするために中央集権は継続された。

・ この中央集権国家を今後どうしていくか。地方が疲弊してもいいのか。危機管理上の要請、国の安定的持続可能性の維持のためにもクリスマスツリー型の現状の中央集権国家からネットワーク型の郷土連携国家へと移行すべきである。

・ こうしたなかで、大阪の未来を描くためには、「立法権を持った関西州政府の樹立」を考えるべきである。自主自立の政治力・行政力の回復は、歴史的悲願である。国の役割は、外交・防衛・教育・地域間格差調整などに限定し、その費用を州政府が国に支払うシステムにすればよい。大阪市域内の税収は5兆339億円であるが、大阪市域で使われる支出は1兆円にすぎない。梅田北ヤード2期地区に関西州政府と関西州議会を開設しよう。

・ サステイナビリティ( Sustainability)という持続可能社会の構築を目指す学問がある。我々は、将来の世代の欲求を満たしつつ、現代の世代を満足させなければならない。商人道を基盤とする活動を大阪から発信させていこう。それが、地球社会への貢献になる。たとえば、2020年東京五輪文化プログラムである。これは、2020年に向け、複数年にわたる、全国的な文化プログラムの展開である。

・ 皆さんが目の前で出来る試みとして、関西・大阪21世紀協会では、「自分の名前の冠基金」を設定できます。この基金は、皆さんが指定した分野の文化を支援でき、また、税の優遇措置もあります。また、アーツサポート関西 Arts Support Kansai という支援組織もできました。

先生のお話は、大阪について、歴史的考察から、現状を分析し、未来への提案をするという大局的なもので、示唆に富んだ有意義なお話でした。

【第2部 懇親会】 16:00〜17:00
引き続き箕浦幹事の司会で懇親会が開会となり、北 修爾 会長の挨拶のあと、各テーブルにて参加者は和やかに懇親いたしました。
もっとお話をされたい方、お酒等をご希望の方の為に懇親会終了後、1階にて2次会を開催いたしました。


 

以上


関西東大会のホームページへ



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